皆様、今日は。
今日は朝から小雨、多少蒸し暑い感じです。
三好さん、新蔵さんのラジオ談義面白く読ませていただいております。
三好さんから頂いたラジオの歴史(著者:高橋雄造氏)を見ると、戦後、トヨタ自動車やキャノンカメラがラジオ製造を手掛けた
記述があります。(三好さん有難うございます、ちびちび読んでます)
初期のラジオメーカの赤門ラジオ、田村ラジオ(タムラ製作所)三田無線、錦水堂(ラックス)等々の名前も出てきます。
私は三田無線と田村しか知りません
フタバラジオは?(拾い読みですので見落としているかも)
ラジオ産業は先の大戦と深く結びついていますね。(国防ラジオ)
錦水堂の英文カタログ(1932年)、ラックス300型コンデンサの写真も掲載されています。トヨタのラジオの写真もありますね。
しかし、この本、作るのは大変だったでしょう、とに角、人物、部品、製品等、数多くの写真、詳細な索引。改めて感謝いたします。
話は変わりますが、この本に真空管の復活の記述があります。
真空度の落ちた真空管を電気コンロや煉炭火鉢、七輪で加熱すると真空度が回復する技です。
当時はどの家庭にも火鉢、七輪、電気コンロがありました。
私も子供の頃、この技を聞いたことがあります。実際にはやらなかったと思いますが。
1949年の全国調査で1万588本の内8853本が復活したとあります。
ついでに、もう一話、戦争末期、南方の密林に取り残された日本軍の兵隊が、錆びたカミソリの歯に
小便をかけると鉱石検波器になるので受信機を作ったという、、、受話器があればこれでラジオが
聞けたそうな、、、、(326ページ)
戦後の多くのラジオ少年が現在の技術の礎になって居ることは間違いないですね、その様に私は思って居ります。
時代は残酷で金のかかるAM放送からは撤退、中波帯は先々「つわもの共が夢の跡」になりそうです。
それにしてもお若い新蔵さんは古いラジオの知識をお持ちなのですね。
新蔵さんの投稿のおかげでラジオの知識が少し広がりました。有難うございます。