大会社の社員である方にインタビューして,おもしろい話が聞けることは
あまり期待できません.サラリーマン技術者で,タガがはまっているからで
す.現在いる会社以外の話ならば,事情はちがいます.
部品製造の中小企業というと大メーカーから図面を渡されて製造するとい
うイメージもありますが,それは機械部品についてであって,汎用性のある
電子部品はちがいます.技術では上の中小企業に大会社が学ぶ場合も多々あ
ります.前述の中央無線は,その例です.片岡電気(アルプス)は大手セッ
トメーカーT社にテレビ・チューナを供給していました.ある時期からT社
はこれを内製に切り替えました.T社のテレビのそのチューナーにはアルプ
ス・チューナーと同じ設計ミスが残っていた,という話.T社のチューナー
はアルプス・チューナーのコピーであったわけです.大メーカーは専門メー
カーに部品を納入させて,その技術やノーハウを学ぶ(いただく)のです.
八欧無線(ゼネラル)が不調になったとき,同社技術陣の力を買って,同
業他社がゼネラルの技術者を引き取りました.新しい職場での彼らの貢献は
大であったと言います.さて,聞いた話:ゼネラルが不振で,経営立て直し
のために銀行から経営陣が派遣されました.創業社長八尾敬次郎は心痛のあ
まりボケてしまいました.しかし,時々”正気”に返り,社の廊下で現社長の
”銀行屋さん”をつかまえて,”僕の会社を食い物にして,元に戻してくれ”と
言う,部下は”社長,およしなさい”と袖を押さえる.涙するような話でした.
NHK技術研究所所長であった中島平太郎さんは,のちA社入りしました.
中島さんはNHK技研でスピーカー技術を手がけ,これを三菱電機(ダイヤ
トーン)と福音電機(パイオニア)に移転しました.A社では,ディジタル・
オーディオを開発しました.同氏にインタビューしたのは,氏がA社の現役
を退いてからであったか.インタビュー場所はA社の一室でした.入ってみ
ると,A社社員が3-4人ズラッと座っているのです.中島氏発言のチェック
(チョーク)であることは明らかでした.”ははあ,A社もふつうの大会社な
のだな”と思いました.
A社は技術者が自由に腕を振るえるところだ,という伝説があります.ト
ップエリート技術者は,”マコトくん”・”セイイチちゃん”とか,ファースト
ネームで呼び合っていたようです.これは米国流でしょうか,同社B氏のス
カウト能力は大したものであったようですが,スカウトされて入社した技術
者全員が存分に活動できたかどうか.中島平太郎氏のような大物でも,監視
の眼にさらされていたようです.中央無線から入社してトランジスター・テ
レビを開発した島田聡さんも同様でしょうか.島田氏はA社でC氏に相当
✕✕られた,ということを第三者から聞きました.C氏はB氏のお気に入り
で,トランジスター・テレビ開発の責任者,つまり島田さんの前任者でした.
C氏がトランジスター・テレビ開発に成功しなかったからでしょうか,島田
さんはその功績にもかかわらずA社で然るべき処遇を受けなかったようです.
A社には,また,規格外のネジを使う性癖がありました.他社との互換・
共通性を嫌ったか.開発陣幹部のC氏が機械工学科出身であったからか(で
あったのに,か)?
ドイツ語では,”sauber und sachlich”という言い方があります.意味は清
潔・清廉で公正,誉め言葉です.大組織はsauber und sachlich一辺倒では
立ちいかないのでしょう.